2014年5月27日火曜日

29<第3章 レクイエムへ至る25年> 風に導かれて~造形作家・新宮普さんとの出会い 1~

 今から30年前、私がカルチャースクールで企画していたコンサートの第2弾は、フルートだけで行うものだった。フルートを習おうという人たちが多かったこともあり、その教室にはフルートの講師がたくさんいた。
 また私の師匠である廣瀬量平先生が深く関わっていた、東京フルート・アンサンブル・アカデミーという日本の一流フルーティストが集まった演奏団体が牽引役となり、フルートだけのアンサンブルやフルート・オーケストラといわれる編成の演奏が全国で盛んになりつつあった。

 東京で修行をしていた頃、東京フルート・アンサンブル・アカデミーのコンサートで、私の「メロス」という三つのフルートのための作品が演奏されたこともある。またメンバーの方からは編曲の仕事を何度かいただき、複数のフルートが醸し出す響きは私自身も好きだった。そんな背景もあり、フルートの魅力を間近に感じてもらうコンサートを企画することになる。
 
 そしてそのコンサートのために、「風の記憶」という曲を作曲した。アルト・フルートという一般的なフルートよりやや低い音を出せるものを含んだ編成で、六つのパートに別れた楽曲だ。
「人々の様々な思いのこもった吐息が風となり、ある時は強く、またある時はさわさわと流れては、思いを巡らすかのように止まる。そしてまた流れていく。今日も吐息が風になる。」そんなイメージを曲に託した。 
その他にも「風のヴォカリーズ」というフルートとギターのための作品があり、関西に戻って最初に作曲した「風歴」とともに、風をテーマにした三部作となる。

「風歴」を除く二曲の初演では、フルーティストの水越典子さんが演奏で参加してくれていたが、ある時こんな相談を持ちかけられる。
「上田さんと同じように“風”をテーマにした作品を作る彫刻家がいて、作品ビデオを制作するのに映像の音楽を頼める作曲家を探しているよ。上田さんを紹介してもいいかな?」
水越さんの友人がその彫刻家の秘書をされていたので、情報をいち早く教えてくれたのだと思う。
断る理由など何もない。世界的な彫刻家と一緒に仕事ができるかもしれない…。それは夢のような話だった。
それが現実となり、彫刻家であり造形作家の新宮晋(しんぐうすすむ)さんと一緒に仕事をすることになる。
新宮さんのアトリエは、兵庫県三田市(さんだし)の中心部から外れた里山の中にある。私が育った香里団地に隣接していた里山に似ている場所だ。初めてアトリエを訪れたとき、里山に吹く風が懐かしく感じた。

風に導かれた出会いとも言える。
新宮さんは、風や水で動く作品で世界的に著名な芸術家だ。造形作家とか彫刻家とか紹介されることが多いが、そんな概念を越えていた。建築と一体になった作品もあれば、公園全体が作品というものもある。絵本の著作もある。
「かつて芸術家は画家であり、彫刻家であり、建築家でもあった」と新宮さん自らがある対談で語っておられるが、まさにそのとおりの活動をされている。

新宮さんの作品は、東京では新宿西口広場や銀座のメゾン・エルメスビルで見ることが出来るし、箱根・彫刻の森美術館や関西空港の旅客ターミナルをはじめ日本各地の美術館、ホール、公園はもちろん、海外にも多くの作品がある。中にはイタリアの客船に設置されたものまであり、航海上の先々で海を渡る風を受け、その土地の光を浴びながら動いている様子を想像すると、ファンタジーが広がる。

最初にご一緒させていただいた仕事は、新宮さんが1989年までに制作した作品をまとめた「彫刻家・新宮晋の世界」という映像作品の音楽だった。この映像作品は第2回国際ビエンナーレ「アートフィルム・フェスティバル」に出品されたが、風や水で動く作品の数々を映像で見るだけでも不思議な世界に引きこまれていく。
その映像のための作曲は、知らない自分に出会う旅に似ていた。出会ったことのない自分の音楽を発見する喜びに満ちた仕事だった。

その後も作品が増えるごとに映像は作られ、約10年間に制作された4つの映像作品すべての音楽を担当した。
そして映像以外の仕事でも、未知なる旅に誘われることになる。それは壮大なスペース・ファンタジーともいえる屋外とホールで展開された2つの作品だ。
おそらく芸術家として一番脂が乗った時期だったのだと思うが、確固たる基礎に支えられた新宮さんの柔軟で知的な感性は尽きることなく、自由にそして縦横無尽に天空を駆け巡るといった感じだった。

 まだまだ駆け出しだった私にとって、刺激的な世界との出会いでもあったと同時に、言ってみれば若造の私に対等に接して下さり、信頼して仕事を任せて下さったことに心から感謝している。(続く)

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